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三河線 廃止から2年余          

名鉄三河線(山線)廃止区間の記録

廃線になって2年を経過した三河線(山線)の撮影に行ってきました。(7/31)
廃止前の写真との比較という形で公開いたします。栄枯盛衰の様をご覧ください。(2006/08/27更新)


廃止前の写真はプリントやスライドをスキャンしたもので、色味が今ひとつ良くありません。
また、サーバーの容量の関係でかなり画像サイズが小さくなっています。ご了承ください。
トリミングにより縦横比が若干おかしいものもあります。

猿投(さなげ)駅構内の様子

猿投駅の引上げ線の終端部 引上げ線と化した線路(猿投駅北側)
西中金方面への線路は単なる引き上げ線になってしまいました。無情の車止めの先にもまだ線路が残っています。(2006/07/31)         

猿投駅構内1999年キハ20が集う 猿投駅構内2006年
キハの集う猿投駅構内(1999/06/18)                       現在のようす。配線に変更はないがもうキハはいない。(2006/07/31)



三河御船(みかわみふね)駅

御船駅隣の踏切もきれいに舗装されてしまいました。
三河御船駅を出るキハ30型猿投行き(2000/4) 2006年の御船駅跡
三河御船駅に停車中のキハ30。のどかな風景。(2000/04/09)          現在の(旧)三河御船駅。雑草の中にホームが・・・(2006/07/31)

御船駅銘板(1998/6) 桜の樹は青々としていた(2006/7)
三河御船駅立派な桜の木がありました(1998/06)                現在の同地点。駅名板はすでになく、柵で仕切られています。(2006/07/31)

御船停車中の西中金行キハ30(2000/4) 草の川のような構内
桜の下に停車中のキハ30。一番きれいな季節でした。(2000/04/11)        現在の駅構内。雑草の繁殖力はすごい・・・(2006/07/31)

猿投からとことこと登ってきた(2000/3) もう何も登ってこない(2006/7) 御船の桜とキハ30(2000/4) 列車はもう来ない(2006/7)
猿投方面から上ってくる列車       左写真の踏切から撮影         御船駅から枝下方向を望む      現在の同地点。草に埋もれている
(2000/03/01)                (2006/07/31)              (2000/04)                  (2006/07/31)



三河御船・枝下間

銀世界の中を・・・猿投行き列車(1999/1) 現在の同地点 御船駅東の踏切跡より。(2006/7)
銀世界の中を・・・猿投行き列車(1999/01/08)                    現在の同地点 御船駅東の踏切跡より。(2006/07/31)

大釜橋より御船方向(1999/5) わずかにレールが(2006/7) 大釜橋より枝下方向(1999/5) いまは路盤も見えず(2006/7)
大釜橋より御船方向(1999/5/15)   わずかにレールが(2006/07/31)   大釜橋より枝下方向(1999/5/15)   いまは路盤も見えず(2006/07/31)

御船石から線路に出た付近(1999/12) 御船石から線路に出た付近(2006/7) 御船川橋梁北側の踏切から(1999/5) 御船川橋梁北側の踏切から(2006/7)
御船石から線路に出た付近から    今も同じところから線路に出られた   御船川橋梁北側の車の通れない    線路があることさえわからず
御船方向(1999/12)            (2006/07/31)               踏切から(1999/5/15)           (2006/07/31)

御船川橋梁遠景(2006/7) 御船石入口(2006/7) 御船石(2006/7)
緑の中に静かに佇む御船川橋梁遠景        きれいに整備された御船石入口            これが御船石 きれいに整備されていますが
             (2006/07/31)           ここが線路への入口です。(2006/07/31)       昔はもっと埋まってました。(2006/07/31)

路盤流出復旧現場(1999/8) 御船橋梁には近づけなかった(2006/7)
御船石から路盤流出現場(写真左1999/8)へ行ってみようと思ったのですが、草に阻まれてかないませんでした。(2006/07/31)


枝下(しだれ)駅

駅前ではなにやら工事をしているようでした。
猿投グリーン道路より枝下駅を望む。(2006/7) 枝下駅駅前。駅前広場は工事中(2006/7)
猿投グリーン道路より枝下駅を望む。(2006/07/31)                  枝下駅駅前。駅前広場は工事中(2006/07/31)

枝下駅に進入する西中金行き(1998/6) 枝下駅 御船方向(2006/7) 枝下駅に進入する猿投行き(2000/3) 枝下駅 広瀬方向(2006/7)
枝下駅に進入する西中金行き     今は駅名板も塗りつぶされ・・・     枝下駅に進入する猿投行き      同地点。(2006/07/61)
           (1998/06)              (2006/07/31)               (2000/03/29) 

枝下・三河広瀬間

矢作川橋梁周辺の昔(上)と今(下)
矢作川橋梁南端(1999/5) 矢作川橋梁遠景(1999/1) 矢作川橋梁北端(1999/4)
橋梁南端(1999/05/10)                  橋梁遠景(1999/01/08)                橋梁北端(1999/04/30)

矢作川橋梁南端(2006/7) 矢作川橋梁遠景(2006/7) 矢作川橋梁北端(2006/7)
上の3枚と同地点(2006/07/31)

三河広瀬駅・矢作川橋梁間(2000) 草にのまれた同地点(2006/7)
三河広瀬駅・矢作川橋梁間(2000)                           草にのまれた同地点(2006/07/31)

県道豊田明智線との併走区間(2006/7) 両枝橋のたもとの踏切跡(2006/7) 線路をつぶしてバス停が出来た(2006/7)
県道豊田明智線と併走している区間        まだ踏切の注意の標識が残っている(両枝橋)    かつての線路脇にはバス停ができていた。
             (2006/07/31)                            (2006/07/31)                     (2006/07/31)



三河広瀬(みかわひろせ)駅

駅周辺は地元有志の手により整備されている様子。
三河広瀬駅(1998/6) 三河広瀬駅(2006/7)
三河広瀬駅(1998/06)                                 現在の駅舎(2006/07/31)

三河広瀬駅構内(1998/6)  三河広瀬駅構内(2006/7) 
三河広瀬駅構内(1998/06)                               現在の構内 矢作川寄にあった竹林が伐採された(2006/07/31)

広瀬構内(1999/12) 広瀬構内(2006/7) 広瀬駅前の旅館(2006/7)
広瀬構内(1999/12)             広瀬構内(2006/07/31)          三河広瀬駅前の旅館は健在でした(2006/07/31)

夢街道(でんしゃみち)計画の案内図 地元有志の活動状況(2006/7)
広瀬駅構内に掲示してあった夢街道(でんしゃみち)計画の案内図            地元有志の活動状況(2006/07/31)



三河広瀬・西中金間

この区間にはトンネルが2つあるが、どちらも生い茂った雑草に行く手を阻まれて近づくことすらできなかった。
広瀬の大カーブを行くキハ30(1999/4) 広瀬の大カーブ(2006/7)
広瀬の大カーブを行くキハ30(1999/04/30)        現在の状況(2006/07/31)

雪の広瀬大カーブ(1999/1) 広瀬の大カーブ(2006/7)
広瀬の大カーブを行くキハ30(1999/01/08)                     現在の状況(2006/07/31)

広瀬トンネルの手前(1998/6) 広瀬トンネルの手前(2006/7) 広瀬トンネル(1999/5)
広瀬トンネルの手前(1998/06)             現在(2006/07/31)          広瀬トンネル(1999/05/10)



西中金(にしなかがね)駅

かつて三河線(山線)の終点だった駅。
西中金駅正面。(1998/6) 西中金駅正面。(2006/7)
西中金駅正面。(1998/06/21)                             現在の(旧)西中金駅(2006/07/31)

西中金駅に停車中のキハ30。のどかな風景。(2000/6) 草に埋もれた西中金駅構内(2006/7)
西中金駅に停車中のキハ30。のどかな風景。(2000/06/14)          現在の(旧)西中金駅構内。雑草の海から制限票が・・・(2006/07/31)

西中金から力石トンネル方向(2000/6) 同じ場所(2006/7) 西中金を発車したキハ30(2000/7)
西中金を出ると緩やかな上り坂(2000/06/14)      現在の同地点。(2006/07/31)             在りし日の三河線(2000/07/19)





廃線跡には絶望しかないと思っていましたが、駅や線路跡を残して生かして行こうという動きがあることを知り
うれしくなりました。
北海道のトロッコ王国のような施設が出来たらよいと思うのですが、実際はかなり難しそうですね。

ちなみに
名鉄線内を走っていたLEカー(キハ20、キハ30)はすべてミャンマーに輸出され、第二の人生を送っています。
個人的には1両くらいは保存しておいて欲しかったと思うのですが・・・

三河線廃線区間の記録 以上

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